工事部の吉田です。
普段は、幸建設で家を建ててくださった大切なお客様のお住まいを訪問し、末永く快適に暮らしていただけるよう、点検やメンテナンス、修繕の仕事を主に行っています。
先日、会社の研修旅行で大阪・奈良・京都へ行ってきました。
京都で訪れたのは、昭和を代表する作庭家・重森三玲(しげもりみれい)の傑作である「東福寺方丈庭園」と、彼の美学が詰まった「重森三玲庭園美術館」です。

入社前に私は竹の職業訓練校に通っていた経験があり、今も職人の技や自然素材に強い関心があります。
今回は、住まいの手入れを行う工事部の目線、そして大好きな竹や素材へのこだわりを交えながら、旅のレポートをお届けします!
1.新緑の通天橋に目を奪われて

東福寺に到着して、
まず一番最初に目に飛び込んできたのは、橋から眺める「通天橋」の景色でした。
一面、鮮やかな新緑に覆われた渓谷が本当に綺麗で、スゴく目を引かれました。この美しいロケーションのなかに、これから見る名庭が佇んでいると思うと、一気に期待が高まります。
2.東福寺・本坊庭園「八相の庭」を巡る
東福寺の方丈(建物)を囲む4つの庭園は、どれも建物との調和が素晴らしく、圧倒される美しさでした。
◆ 東庭:円柱で描く「北斗七星」

東庭に表現されているのは、なんと夜空に輝く星座の「北斗七星」です。それを円柱、白川砂、苔、そして背後の二重生垣だけで表現しています。星の明るさはどれもほぼ同等のはず。
つまり三玲は、星の輝きを「石の高さ」という単純な立体感で表したのではなく、純粋な「意匠(デザイン)の創意工夫」によってこの空間を生み出したのです。背後の二重生垣による書院との仕切りも、古典的な手法を取り入れたものだそうです。
伝統を知り尽くした深い思慮があったからこそ、日本庭園に「星座」という大胆なモダンアートを融合させ、新しい伝統を始めることができたのだと感じます。
実は最初、専務から「この7つの石(円柱)の意図は何だと思う?」とみんなに質問があったのですが、自分はわかりませんでした……!まさか日本庭園の中に星座が隠されているとは思いもよらず、その自由な発想力に驚かされました。
◆ 南庭:ダイナミックな「長石」のバランス

南庭は、長い石を横に寝かせ、立石との絶妙なバランスを取りながら配置された、とても広い庭園です。
このような長石の使い方は、古い伝統的な庭園にはほとんど例がありません。三玲自身、戦後に古い庭園の実測を重ねる中でこの手法の先例を知り、自分の造形感覚が時代の最先端を行っていたことを確信したと言われています。
従来の石組の手法を打ち破った、まさに三玲の代名詞とも言える庭園です。
四つの庭の中でも、この南庭が一番広く、最も印象に残りました!ダイナミックでありながら完璧に計算された空間のバランスに、重森三玲という作庭家の凄さを肌で知ることができました。
◆ 西庭:伝統を再構築した「大市松模様」

西庭の「井田(せいでん)の庭」は、サツキの刈込と「葛石(かずらいし)」を用いて、日本の伝統的な市松模様を表現しています。
ここで工事部として特に唸らされたのが、素材のストーリーです。この葛石は、もともとこの本坊内で敷石の縁石として使われていたものを「再利用」して造られたのだそうです。
直線的に細工された人工的な石は、通路には適していても、自然を模した庭造りでは最も使うのが難しい材料です。それでも「今ある限られた材料を活かさなくてはならない」という制約の中で、考え抜いた末に辿り着いた答えが、この「市松模様」だったのです。
直線の石と、丸く手入れされたサツキの刈り込みのコントラストが本当に綺麗でした。石という無機質な素材だけでなく、植物の生命力を使ってこれほど豊かな表現ができるのかと、その表現力に魅了されました。今あるものを大切に活かすという考え方は、私たちのメンテナンスの仕事にも通じるものがあります。
◆ 北庭:消えゆく「小市松模様」と、職人の技

西庭の大市松を受け、さらに小さな姿となって東北方向の谷へと消えていくのが、この北庭です。ここでも、かつて敷き詰められていた切石を再利用しています。
西庭の意匠を受け継いだ正確な市松模様が、進むにつれてだんだんと崩れ、最後はポツン、ポツンと一石ずつ配されながら消えていく……というドラマチックな構成になっています。
今回は時期のせいか、本で見るような見事な苔の仕上がりにはなっていなくて、そこだけは少し残念に感じました。しかし、ここで嬉しかった発見がもう一つあります!
実は、庭園の所々に「竹」が効果的に使われていました。私は元々、竹の職業訓練校に通っていたこともあり、竹垣の組み方やそのあしらい方にスゴく目を引かれました。石や苔のモダンなデザインを引き締める素材として、職人の技で竹が活かされているのを見られたのはとても良かったです。火災通報装置も竹で隠しており、庭園だけでなく竹も触れれた事もとても嬉しかったです。

3.「永遠のモダン」の本質を学ぶ
東福寺の解説には、次のような三玲の想いが書かれていました。
「庭園を作庭していくことは、古典には用いられていない新しい要素を取り込むことが重要である。しかし、それが独りよがりの意匠に走り、思想や芸術性が感じられないのであれば、作る必要はない。伝統を知り尽くしたからこそ、次なる一歩が踏み出せるのだ」
これは私たちが携わる幸建設での家づくりや、建てていただいた後のお客様の住まいを守るメンテナンスの仕事でも全く同じだと、深く胸に刺さりました。伝統的な建物の構造や素材の特性を知り尽くしているからこそ、何年経っても色褪せない適切なメンテナンスや確かな修繕ができるのだと感じます。
4.重森三玲庭園美術館へ:暮らしと調和する美

次に訪れたのは、重森三玲の旧宅である「重森三玲庭園美術館」です。
元々は吉田神社の格式ある神官の邸宅(江戸時代の建物)だったものを、昭和18年に三玲が譲り受けた場所です。江戸期の貴重な建築を残しながら、三玲自身が新しく設計したモダンな茶室や、書院前庭がつくり込まれた「新旧融合」の特別な空間となっています。

書院前の枯山水庭園は、中央に蓬莱島、東西に三つの島を配した見事なもの。東福寺のような大寺院の庭園と異なるのは、この庭が「住まいとしての建築と調和しながら、日々の暮らしに優しく則している点」にあります。
東福寺と違い、実際に三玲が暮らしていた住宅なので、規模自体はコンパクトでした。
しかし、その分案内人の方がとても詳しく解説してくださり、非常に勉強になりました!
「白い砂は海、苔は島、石は山。これで一つの国を表現している」というお話を聞き、小さな庭の中に壮大な宇宙を見出していた重森三玲の世界観に、ただただ感銘を受けました。
5.研修を終えて
今回の研修旅行は、ただ綺麗な景色を見るだけでなく、幸建設・工事部の一員として「建物の歴史や伝統を学ぶことの大切さ」や「今ある素材の可能性を引き出す創意工夫」を深く考える素晴らしいきっかけになりました。
住まいは建てて終わりではなく、そこから始まる暮らしの中で、適切な手入れを重ねることで美しさと愛着を増していきます。
今回得たインスピレーションや、竹をはじめとする自然素材への愛着を大切にしながら、これからも幸建設で建ててくださったOBのお客様の大切なお住まいを、全力で守っていきたいと思います!
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吉田 邦夫
YUKi-NOiEのメンテナンスを担当しています。お客様に信頼される存在になれるよう頑張ります。
趣味はライブ鑑賞。全国巡りたいです。
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